大きいのは門中で共用してきたから

沖縄のお墓は、本州の感覚からすると驚くほど大きく造られています。小さな家ほどの規模があり、墓前には広い庭が設けられているのが典型です。

理由は使い方にあります。沖縄では「門中(もんちゅう)」という、始祖を同じくする父系の血縁集団が一つの墓を共用してきました。多い場合は数十世帯が同じ墓に入るため、収容する数に見合った大きさが必要になります。

本州の「〇〇家之墓」が一世帯単位であるのに対し、沖縄は一族単位です。この違いが規模の差になって表れています。

墓前の広場にも意味がある

墓の前に設けられた広い平地は「ナー」と呼ばれます。後で述べる清明祭のとき、親族がここにゴザを広げて食事をするための場所です。

お墓が集まって過ごす場になっている点が、本州との大きな違いです。静かに手を合わせて帰る場所ではなく、一族が顔を合わせる年中行事の会場という性格を持っています。

主な形式は亀甲墓・破風墓・掘り抜き墓

沖縄のお墓には、本州では見られない独特の形式があります。

形式 特徴
亀甲墓(きっこうばか) 屋根が亀の甲羅のような曲線を描く。母親の胎内をかたどったという説もある
破風墓(はふばか) 屋根に破風の造形をもつ家屋型。もとは王族の形式とされる
掘り抜き墓 自然の洞窟や岩の窪みを利用したもの。もっとも古い形式
現代型(本土型) 霊園の区画に建てる小型の墓。都市部で増えている

近年は霊園の区画に本土と同じ形の墓を建てる例が増えています。土地の確保が難しくなり、門中での共用も維持しづらくなったためです。

かつては洗骨の習慣があった

沖縄には、遺体を墓室に安置して自然に分解を待ち、数年後に遺骨を取り出して洗い清め、厨子甕(ジーシガーミ)と呼ばれる壺に納める「洗骨」という習慣がありました。

この作業を担ったのは主に女性の親族です。負担が大きい習慣であったこともあり、戦後に火葬場の整備が進むと急速に火葬へ移行しました。現在ではほとんど行われていません。

ただ、古い墓には厨子甕が納められたまま残っていることがあります。墓じまいのときには、この厨子甕をどう扱うかが検討事項になります。

清明祭は墓前で食事をする慶事

沖縄のお墓参りでもっとも大きな行事が清明祭(シーミー)です。清明の節気にあたる4月頃に行われ、門中の親族が墓前に集まります。

本州のお彼岸との違いは、これが慶事として扱われる点です。先祖とともに子孫の繁栄を祝う場という位置づけで、重箱料理を広げてにぎやかに過ごします。

供えるものにも決まった形があります。ヒラウコー(沖縄の線香)、ウチカビ(あの世で使う紙のお金)、ウサンミ(御三味と呼ばれる重箱料理)が基本です。供えた後は「ウサンデー」といって、その料理を親族で分けて食べます。

沖縄三大旧暦行事のひとつに数えられ、県外に出た親族もこの日に合わせて帰省します。お墓が一族をつなぐ結節点になっているという点が、本州との文化的な違いを表しています。

本州のお墓参りの時期についてはお墓参りの時期と時間で整理しています。

墓じまいの手続きは本州と同じ

沖縄でも墓じまいの法的な手続きは本州と変わりません。墓地埋葬法が全国一律に適用されるためです。

今お墓がある市町村から改葬許可を受け、新しい供養先に納骨するという流れになります。手順は改葬の手続きのとおりです。

難しいのは合意形成のほう

手続きより重いのが、門中内の調整です。門中墓は使用者が多数にわたるため、「うちの分だけ移したい」という話が簡単には通りません。

法律上は祭祀承継者の判断で進められる場面でも、実際には門中の総意なしに動かすのは現実的ではありません。年長者や門中会に相談し、時間をかけて話し合う必要があります。

本州に出た子や孫の世代が主導する場合はとくに慎重さが要ります。地元に残った親族との温度差が大きくなりやすいためです。

遺骨の数が多くなりやすい

門中墓には数十柱の遺骨が納められていることがあります。改葬許可申請は原則として遺骨1体につき1枚必要なため、書類の枚数だけでも相当な量になります。

誰の遺骨かを特定できないものが出てくることも珍しくありません。この場合の扱いは市町村によって異なるため、窓口に事情を説明して指示を仰いでください。

費用も体数に比例します。撤去工事は墓の規模が大きいぶん本州の相場を上回りやすく、遺骨の移転先も体数分の費用がかかります。墓じまいの費用相場を参考に、体数を掛けて概算してみてください。

部分的に移すという選択もある

門中墓そのものを残しながら、自分の家系の遺骨だけを移すという方法もあります。門中の合意は要りますが、墓を撤去しないぶん話がまとまりやすい場合があります。

移す先としては、永代供養墓納骨堂が現実的です。沖縄県内にもこうした施設は増えており、本州に移り住んだ世帯が住まいの近くに移すという例もあります。

遺骨の行き先の選択肢は墓じまい後の遺骨にまとめています。

門中墓の維持は年々難しくなっている

沖縄でも、お墓をめぐる事情は本州と同じ方向に動いています。県外への進学や就職で門中が散り、清明祭に集まれる人数が減っています。

墓の維持には費用も人手もかかります。大きな墓ほど修繕の負担は重く、誰がいくら出すかで折り合いがつかなくなる例もあります。

その受け皿として、県内でも永代供養墓や納骨堂が増えました。門中墓を維持しながら一部を移す、あるいは門中墓を整理して合同の供養先に移すという判断をする世帯が出てきています。

どの道を選ぶにせよ、門中に人がいて話ができるうちに動くほうが選択肢は広く残ります。放置した先に何が起きるかは無縁仏・無縁墓で扱っています。

お墓の基礎知識に関する記事一覧

お墓の種類と手続きについて、テーマごとにまとめています。

よくある質問

Q. 沖縄のお墓はなぜ大きいのですか?

門中(もんちゅう)という父系の血縁集団が一つの墓を共用してきたためです。多いときは数十世帯が同じ墓に入るため、家族単位の本土のお墓より大きく造る必要がありました。

Q. 亀甲墓とはどんなお墓ですか?

屋根が亀の甲羅のような曲線を描く形式のお墓です。母親の胎内をかたどったという説もあり、亡くなった人が生まれた場所へ還るという考え方が込められているとされます。

Q. 清明祭(シーミー)とは何ですか?

清明の節気(4月頃)に門中が墓前に集まる行事です。本州のお彼岸と違って慶事として扱われ、重箱料理を広げて先祖と一緒に食事をします。沖縄三大旧暦行事のひとつです。

Q. 沖縄でも墓じまいはできますか?

できます。手続きは本州と同じで、市町村長の改葬許可が必要です。ただし門中墓は使用者が多数にわたるため、誰の同意を得るかの調整が本州より複雑になります。

Q. 門中墓の墓じまいには全員の同意が要りますか?

法律上の要件ではありませんが、実際には門中の総意なしに進めるのは困難です。門中会や年長者に相談し、話し合いの場を設けるところから始めるのが現実的です。

Q. 洗骨の習慣は今も残っていますか?

火葬が普及した現在ではほとんど行われていません。かつては風葬の後に遺骨を洗い清めて厨子甕(ジーシガーミ)に納める習慣がありましたが、戦後に火葬へ移行しました。

Q. 沖縄でも永代供養や納骨堂は選べますか?

選べます。近年は本土型の霊園や納骨堂、永代供養墓が県内にも増えています。門中墓の維持が難しくなった世帯の受け皿になっています。

最後に

沖縄のお墓が大きいのは、門中という父系の血縁集団が一つの墓を共用してきたからです。亀甲墓や破風墓といった形式も、清明祭という慶事も、この一族単位の考え方から生まれています。

墓じまいの手続き自体は本州と変わりません。重いのは門中内の合意形成のほうで、遺骨の数も多くなりがちです。

門中墓を残したまま自分の家系の分だけ移すという方法もあります。話ができる人が門中にいるうちに相談を始めるほうが、選べる道は広くなります。